佐倉しらい動物病院ブログ

【獣医師監修】犬の乳腺腫瘍とは?症状や手術、費用について解説!

このページでは犬の乳腺腫瘍に関しての情報をまとめて掲載します。

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【獣医師監修】犬の乳腺腫瘍の手術費用について

【獣医師監修】犬の乳腺腫瘍:手術する?手術しない?

(※この記事の中では悪性の腫瘍は「乳腺癌」、良性の乳腺腫瘍は「乳腺腫」、良性と悪性を含めた乳腺のしこりは「乳腺腫瘍」と記載します)

犬の乳腺腫瘍の疫学について

まずは疫学についてですが、乳腺腫瘍は典型的には避妊手術を行っていない、未経産(子供を産んだことが無い)の中年齢以上のメス犬に多いことが明らかとなっています。

また、体表に形成される腫瘤の中でも比較的発生割合は多いため、腫瘍としては稀なものではありません。

もちろん上記に「典型的には」と記載してある通り、経産のワンちゃんにも発生したり、場合によっては避妊手術を行っているわんちゃんや雄犬に発生することもあります。

ただし、やはり早期に避妊手術を行っているわんちゃんに発生する確率はそうでないメス犬と比べると非常に低いことが明らかになっています。

また、雄犬が乳腺腫瘍になった場合には悪性の確率が高いと言われていますので、早期にかつ計画して治療を行うことが重要と言えます。

また、乳腺腫瘍であった場合には、犬ではおおよそ良性が50%、悪性が50%。さらにその悪性腫瘍のうち50%はすでに転移を始めているというデータがありますが、こういったデータを出す多くの機関は大学病院などの大きな病院となりますので、街中の病院で早期に診察を受ける際には、もう少し良い可能性もあります。

参考値としてとらえておくとよいでしょう。

これは、大学病院など大きい病院には、そもそも悪性や非常に大きな腫瘍の症例が集まる傾向にあったり、すでに何度か手術を行っていたり、診断から時間が経過している場合多いため、「良性50%、悪性50%」というのは、参考値として採用されています。実際に当院で診断を行っていると、7割程度が良性という病理検査が出ますので、発生してから対応する時間にも大いにかかわってくるため、単純な確率だけではありません。

犬の乳腺腫瘍の予防について

予防については、以前までは、初回発情前【※1】までに行うことが大切と言われてきましたが、古いデータであることと、明確な情報ではないのでは、と言われています。

今現在は、早いほうが良いが、遅くとも2~5歳程度までに避妊手術を行えば予防する効果はあるといわれています【※2】。

ただし、4~5才であっても乳腺腫瘍を発生する可能性はありますので、「なるべく予防効果を高めるためには早めのほうが良い」という事は正しいと思います。

また、乳腺腫瘍が形成され、摘出手術を行う際にも術後に新たに乳腺腫瘍が形成されることを防ぐ目的で、同時に卵巣と子宮を摘出することが推奨されています。

なので、卵巣と子宮を摘出せずに何度も乳腺の手術を行うという事は通常考えにくいです。

卵巣と子宮を摘出する場合には、開腹する必要があり、手術時間も長くなることはデメリットとして挙げられます。しかし、将来的な第二、第三の乳腺腫瘍の発生を予防できるというメリットの方が高いと考えられているため、第一回目の乳腺外科の際に合わせて摘出することが最善であるといえます。

また、乳腺は女性ホルモンの支配下にある組織なので、乳腺に腫瘍が形成されるという異常が発生しているという事は、卵巣や子宮にも何かしらの異常が発生していることがほとんどです。(正確な統計情報は出ていませんが、当院において乳腺腫瘍を摘出した際に卵巣と子宮に一切異常が認められなかった症例は全体の1/2程度です)

(卵巣と子宮を摘出してから乳腺腫瘍の摘出を行います)

この子宮に関しても内膜症を発症し、片側の卵巣には周期異常が認められました。

犬の乳腺腫瘍の発見と診断について

発見については、乳腺腫瘍自体が割と目立つ場所にできるという事と、毛の少ない部位ではあるため、多くはご家族がワンちゃんをなでている際に発見します。また、トリミングを依頼した際にトリマーさんが発見してくれる場合もあります。

しかし、非常に微細な腫瘍は毛刈りを行って滑らせるように指でなぜて検出することもあるため、さらっと撫でて「はい、ないですね」という事はできません。

実際に当院においても、乳腺外科を行う際にはご家族の方に、手術直前であっても、摘出予定の腫瘍以外にしこりが発見された場合は摘出しますからねという事を術前に伝えておきます。

こうして見つかった米粒ほどの大きさのしこり【※3】を、摘出して病理検査を行うと、かなり高い確率で乳腺腫瘍です。

毛刈り後に発見されて摘出した。この腫瘤も良性乳腺腫瘍だった。

診断については、針吸引生検【※4】を実施します。検査結果は外部に細胞を郵送するため7~10日ほどかかりますが、得られた細胞に対しての正確な診断が得られます。

この検査は以前まではあまり乳腺腫瘍に関してはいらないのでは?と言われてきた検査でしたが、最近では有用性が再び認められ、行うべき検査という位置づけになっています。

その理由として、乳腺の付近にできたからと言って、乳腺腫瘍ではない可能性があります。たとえば同じ皮膚に形成される悪性腫瘍の肥満細胞腫などは外見がかなり酷似していることが多々あります。

また、検査時に良性や悪性の判断がつくこともあるので、手術計画を行う際の重要な情報になるといえます。

また、しこりがあるからと言って腫瘍ではない可能性もあります。乳腺炎でも、乳腺腫瘍のようなしこりを形成することはありますので、しこり=腫瘍ではないという事です。

また、乳腺腫瘍の中には炎症性乳がんといって手術を行うことが禁忌とされるほどの悪性度の高い乳腺癌があります。

そういったものもこの検査によって除外できますので、

しこりは、検査しましょう!!!

時折、「検査はしなくてもわかる」「触ればわかる」という獣医師の方もいらっしゃいますが、腫瘍専門獣医、腫瘍外科専門獣医の方でそのような意見の方は私はお会いしたことがありません。

ただ、上記のことを踏まえたうえであっても、

「高齢の犬で乳腺腫瘍が破裂ししまった」ような、場合には、細胞診を行っている時間的な余裕がない場合もあります。

犬の乳腺腫瘍の診断後の対処について

診断後について、この対処は品種、年齢、しこりの大きさ、持病の有無によってかなり変わってくるので、一般論を記載させていただきます。

まずは良性の乳腺腫瘍であった場合にはどうするべきか?という所が悩みのタネですが、これも緊急で、というほどではありませんが、そう遠くないうちに手術を行う事を進めています。

というのも、乳腺腫瘍は良性の乳腺腺腫であっても、時間経過とともに悪性化することが知られているためです。

また、前述のとおり、乳腺に腫瘍が形成される異常が起きている場合には、卵巣や子宮にも何らかの異常が起きている可能性が高い事が予想されますので、その点からも手術が勧められます。

また、針吸引生検では確定診断は得られません。それは、腫瘍の全体を見れているわけではなく、そこから一部の細胞を取ってきて、その取れた細胞から判断しているためです。乳腺腫瘍の中には良性悪性混合腫瘍も存在しますので、針吸引生検は行うべきですが、

「良性の乳腺腫瘍だね、じゃあ手術は必要ないから様子を見よう!」という意見は正しいとは言えません。

ただし、非常に高齢で持病がある場合で手術の麻酔リスクが非常に高いと判断される場合に良性の乳腺腫瘍ができたなどのメリットとデメリットが釣り合わない場合には気をつけつつ,

経過観察を進める場合もあります。しかし、このような手術を行うデメリットが多いと判断されるケースは、あり得なくはないですが、全体から言うと少数派です。

当院で手術を行った乳腺腫瘍の症例でも、年齢が高いほうでは16歳~18歳のワンちゃんも含まれています。

年齢は高いが、麻酔前検査を実施することによって、麻酔リスクを測ることができます。手術のリスクについて悩んでいる場合には、まずは麻酔前検査を受けるという事も選択肢の一つだと思います。それによって、隠れていた病気が発見されたり、乳腺腫瘍の肺への転移が認められた場合には、手術の適応外となってしまう場合もあります。

麻酔前検査を受けるという事は、「ご家族が希望をするなら、手術ができる」かどうかを判断する検査です。

麻酔前検査の前にたくさん話し合ったり、悩んだりしても、「そもそも手術の適応外だったね」というケースもありますので、悩む場合にはまず選択肢として「手術」を選べるのかどうか、という事を判断するために、麻酔前検査を活用するとよいと思います。

持病の有無にもよりますが、12歳だから~という年齢くらいで、年齢のせいで手術を行わないという事はありません。

そもそも、腫瘍というものは若齢と比較すると中高齢に発症することが多いもので、特に高齢期になるにつれ増加傾向にあります。

腫瘍になったという事は、喜ばしくないことではありますが、それだけ長生きをしてきたんだねというあかしでもあります。

よく(ほぼすべてのご家族から)「もう少し若ければ手術をしようと思うんだけど」と言われますが、若かったら腫瘍はできにくいんですよ。できるという事は、そういう年齢になってきたよ、それ以外の病気にはならないで、長生きしたよという事なんです。

もう少し若ければって、じゃあ何歳何か月だったら手術をして、それより上だったら手術をしないんだろうか?

手術をして完治するとして、手術によって何か月間寿命が延びたら手術をする価値があって、それよりも短かったら価値がないのだろうか?

当然ですが、これらの質問・疑問に対する明確な答えはありませんしその価値観は個人の考えやこれまでの経験によって、その人ごとに異なると思います。

ご家族の中でもお父さんとお母さんで意見が異なることもあると思います。

「延命は望まない」っていう方も多いです。でも、延命っていうのは、植物状態になって様々な生命維持装置をつけて無理に命を永らえさせているような状態を指します。

この場合の手術をしないという選択肢は、延命を希望しないのではなくて、治療をしたくないという事です。

「延命」という言葉は「本人の意図にはそぐうかそぐわないかわからないが、周りの人のわがままによって無理やりに命を延ばしている」という印象を含んでしまったかわいそうな言葉ですが、この場合で使うのは正しくないことを、まだ腫瘍が発生していない時にしっかりと考えておくことが大切かなと思います。

よく主治医と相談して、今後について積極的な治療を行うのか、緩和的な治療を行うのかをきちんと決めておくことが大切だと思います。

もちろん、手術を行わないという選択肢もあります。その選択肢についてはページの下の方に記載していきますね。

ちょっと話が横道にそれてしまいました。乳腺腫瘍に戻します。

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犬の乳腺腫瘍の治療方法について(良性乳腺腫瘍)

針吸引生検の結果として「良性の乳腺種疑い」という答え帰ってきても、前述のとおり、基本は手術の適応となります。

再び記載しますが、

  1. 良性疑いといっても、混合腫瘍など、見落としがある可能性がある
  2. 良性の乳腺腺腫であっても、時間経過とともに、悪性化してしまう可能性がある
  3. すでに卵巣や子宮にも何らかの異常が発生している可能性がある

などが主な理由です。

手術以外の治療方法では、良性の乳腺腫瘍であっても、縮小したり消滅したりする治療方法は現在はありません。

逆に何らかの薬を飲んだことによって、腫瘍が消失した場合には、初めから乳腺腫瘍でなかった可能性が高いと判断されます。

犬の乳腺腫瘍の治療方法について(乳腺癌)

通常ペットの悪性腫瘍(乳腺癌以外のものも含めて)に対して行われる治療方法は大きく分けて

  1. 手術
  2. 抗がん剤(化学療法とも呼ばれます)
  3. 放射線

があげられます。その他にもありますが、大多数はこの三つの組み合わせによってがんと闘っていくことになります。

腫瘍がモコっとあって、手でつかめて、正常な組織との境界が割とわかるような場合には「固形癌」といわれます。(正確な言い方ではありませんが、大まかにはこんなところと思ってよいでしょう)

固形癌に関しては、基本的に第一選択となるのは手術です。

大切なので2度書きますが、乳腺癌に関しても、第一選択となる最も効果の高い治療は手術です。

次いで、転移が疑われる場合や、すでに転移を起こしている場合には、状況に応じて化学療法剤が併用されることもあります。

また、場合によっては卵巣が腫瘍化していることなどもあるため、卵巣腫瘍にも乳腺癌にも効果が出るような化学療法剤の選択を視野に入れることが重要です。

なので、流れとしては

  • ・手術を行う(卵巣・子宮と、乳腺の摘出)
  • ・病理検査を行う(悪性度や転移の状況がわかります)
  • ・病理検査を受けて、定期検診や術後の化学療法を行うかどうかを決めていく

という事になります。

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犬の乳腺腫瘍の術前検査について

術前検査は非常に重要です。

前述のとおり、乳腺腫瘍が形成されている段階で、すでに中高齢になっていることがほとんどです。

「12歳だから麻酔は無理」とか、年齢だけでは麻酔をかけられない、手術を行えない理由にはなりません。

もちろん、健康な犬に麻酔をかけるだけであっても、12歳を境に麻酔リスクが上昇することが既に報告されていますので、「何歳であっても麻酔リスクは同じ」と言っているわけではありません。

しかし、何度も言いますが、メリットとデメリットを比べた際に、乳腺癌は特に手術すべきものであるため、医学的には麻酔をかけるというデメリットよりも腫瘍を取り切ってあげるメリットが強いと判断されます。

術前検査はこれまでの持病の有無によって、そして犬種や年齢によって、そして病院によっても行う検査項目は異なると思いますが、当院で標準的に行う検査としては

  • ・血液検査(CBC、生化学検査、血液凝固検査)
  • ・胸部レントゲン検査
  • ・心電図
  • ・血圧測定
  • ・乳腺腫瘍の場合には卵巣と子宮の状態確認と、腹腔内リンパ節の腫脹やそのほかの腫瘍の発生を確認するため、腹部の超音波検査も実施します。

通常に生活を送っていて、元気食欲に大きな変化が認められない場合には、術前検査で麻酔をかけることができないと判断されることはまれです。

しかし、症状が出ていない範囲で腎機能低下や肝障害兆候、心不全兆候が認められる場合には必要に応じて、手術数日前からの点滴を行ったり、術前2週間ほど内服を飲んだりして手術に臨むといった調整を行うことはよくあります。

そういったケアを行う基準は各病院・獣医師によって異なると思いますので、主治医に判断を仰ぐとよいと考えられます。

犬の乳腺腫瘍の手術について(手術計画)

(※手術写真がありますので、苦手な方は注意してください)

手術が最も重要な治療であることは前述しました。

と同時に、最も重要である手術が、うまくいくかどうかを決めるのはその計画です。

卵巣と子宮に関しては全摘出を行うので、摘出方法にバリエーションはありませんが、乳腺腫瘍に関しては腫瘍の大きさ、個数、場所、細胞診の所見などによってかなり摘出計画が異なります。

摘出の方法としては、摘出が小さい順、摘出が少ない順に記載すると

  • ・腫瘍部分摘出(乳腺切除は行わず、しこりのみ摘出)
  • ・単一乳腺切除
  • ・乳腺区域切除(右前方、右後方、左前方、左後方の4つの区域に分類)
  • ・片側乳腺全切除(右側全部、左側全部など)
  • ・両側乳腺全切除(すべての乳腺の切除)

これは、場所にもよりますので一概に言えることではありませんが、判断基準の例として挙げると

数ミリ程度の微細な腫瘍が1つだけある場合には腫瘍部分摘出が適応とされることがほとんどです。

また、1センチに満たない大きさの場合には単一乳腺切除

それ以上の場合には区域切除や場所によってリンパ管が分けられないようなときには片側全切除を行う場合もあります。

これに関しては、繰り返しになりますが、

大きさ、数、位置、細胞診の結果を踏まえて獣医師が決めます。

ちなみに、両側乳腺全切除は術後に呼吸不全によって死亡してしまうリスクが高い【※5】ことが報告されているため、現在推奨されていません。

(2020年加筆)

一部大学病院で実施されている手術症例の中に、両側乳腺全切除を行ったという症例が報告されていることを発見いたしました。

多数の乳腺にわたり腫瘍が存在し、一度の手術しか体力的・経済的に難しい場合には選択肢になりえると思います。

リンク:当院における両側全切除を実施した症例

 

様々な外観、場所(乳腺部ではありますが)、大きさがありますので、状況にあった計画を立てることが重要です。

また、摘出したという事は、術創は閉じなくてはなりません。

皮膚は切開すると縮んでしまう性質があるため、摘出した後は欠損が非常に大きく見えます。

  

例として、このように順を追って閉鎖していきます。

また、写真ではわかりづらいですが、単純に縫合したときに皮膚にテンションがかかりすぎている場合には術創は癒合することなく離解してしまいますので、様々な減張手技を用いる必要があります。

減張するためのスキンメッシュ法

区域切除以上を行う場合には何らかの減張手技が必要になることが多いです。

手術の計画については、ご家族が関与できる点は少ないのですが、時折「乳腺の腫瘍を何度も摘出した」という話を聞きますが、状況にもよりますが、無計画にその都度小さめにとってしまった場合には何度も何度も手術を行う場合も考えられます。

しっかりとした手術計画と、その計画を実行する技術が必要であるといえます。

犬の乳腺腫瘍の手術以外の治療法について

こちらも前述しましたが、手術以外の悪性腫瘍に対する治療方法としては化学療法や放射線療法があります。

良性の乳腺腫瘍の場合には通常これらは必要としませんので、手術単独で必要十分な治療といえます。

悪性の乳腺癌の場合には摘出の状態によって、また組織グレードや転移の有無によって術後の化学療法剤を行う可能性があります。

この時に使う薬剤は各獣医師と相談の上、費用的に、獣医師の経験的に、ご家族のケアができるか、その子の体力的になどいろいろな方向から考えて決定するとよいでしょう。

手術というだけでも大ごとなのに、その後に化学療法となるとご家族の心配も大きなものとなってしまいますので、注意深く決めるべき内容です。

また、これらの治療を行うことは、手術を合わせて行うことが前提です。

最も効果の高い手術を行って、その手術では補えない部分を補足する手段として化学療法や放射線療法があると考えておくとよいと思います。

手術日~退院までについて

手術を行った日から、退院までの日程は、すべてのご家族の方に大体1週間とお伝えしています。

この日程に関しては病院や獣医師の診療方針によってかなり異なることもありますので、この期間より短い場合や長い場合は、その獣医師の診療方針に従うとよいと思います。

私が1週間くらいといっているのは、まずは生き物が相手のことですので、手術の前から「5日です!」とか決めることはできません。

予定外のことが起きてしまって、麻酔が長引いてしまったり、出血が多かったり、手術はうまくいったがそのペットの麻酔からの回復が遅かったり、そのペットが予期せぬ動き方をしてしまい術創が開いてしまったりなど、術前からそれらすべてを予期することは不可能といって過言ではありません。

手術が終わって翌日くらいになると、顔をあげたり、食事をしたりとその子の術後の様子もうかがえます。また、術後2日程度で確認の血液検査を行いますが、その検査において腎臓の数値や炎症の数値などの様子によって退院の日取りが決まっていきます。

そして多くの場合、1週間前後となりますが、早く退院する場合には、回復が著しく良かったり、また、ペットの中には家に帰ってご家族からもらったご飯出ないとあまり食べないという事もあるため、回復が悪い場合にもペットの性格によっては早めにおうちに返して様子を見ていく場合もあります。

また、長引くケースとしては、あまりありませんが、より大きな摘出を行った場合で傷の管理が自宅では難しいと判断される場合などです。

が、1週間を超えることは少ないです。

また、ご家族に手術の写真をお見せすると、「しばらくは寝たきりなんでしょ?」とか「介護が始まるのか~」といったことをおっしゃる方がいらっしゃいますが、ペットは自分で歩いて帰ることができます。

担架に乗って帰宅した子はいません。歩いてきて入院した子は、歩いて退院させます。(抱っこしてあげてもいいですよ。歩こうと思えば歩ける状態という事です。)

抜糸までの道のり

抜糸です。「終わり!」って感じがして、ひとまずうれしいですよね。

抜糸は当然傷の様子にもよりますが、およそ14日間くらいですべて抜けることがほとんどです。

抜糸するタイミングも病院や獣医師によって変わりますが、当院の乳腺腫瘍においては

術後3~4日で(減張縫合を行った場合には)減張マットレス縫合の抜糸

術後10日で1つおきに抜糸(半抜糸)

術後14日くらいで全抜糸を行います

2020年12月加筆

現在ではより手術時間を短縮させるため、連続縫合で縫合している症例が多いため、おおよそ術後10~12日ですべての縫合糸を除去しています。

(乳腺除去後の連続縫合)

傷かうまく癒合するには、

  1. 皮膚にテンションがかかっていないこと
  2. 刺激をしていないという事
  3. 細菌感染していないこと

が非常に重要です。

しっかりと術部を管理することによって抜糸に進むことができます。

感染が起きてしまった場合には適切な抗生剤を使用することによってお感染を治めたのちに抜糸まで進めます。

犬の乳腺腫瘍の術後の定期検診について

術後の定期検診に関しては、良性・悪性そして摘出の状態や転移の可能性の有無によって異なります。

良性の場合には最初は3か月、6か月、12か月後に術部やそのほかの乳腺の触診を行い、その後は1年に一回予防での来院の際に触診を行います。

悪性の場合には、触診に加えて半年に一回程度の腹部超音波検査やエコー検査などを実施することが理想的です。

転移が示唆される場合には術後1~2か月おきに転移が起こるであろう部分のリンパ節を超音波検査などで観察する必要があります。

また、乳腺腫瘍を患っているという事は、中高齢になっていると考えて間違いないかなと思います。

乳腺腫瘍を患ったからといってほかの病気にならない免状を神様からいただいているわけではありませんので、そういった乳腺腫瘍以外の異常を見つけるためにも、全身検査は年に一回程度は受診することが理想的です。

費用的に難しい場合には、尿検査のみ、血液検査のみでも何も行わないよりははるかに多くの情報を得ることができますので、行うことをお勧めしております。

犬の乳腺腫瘍を手術しないで放っておくとどうなるの?

端的に言うと、拡大し、数が増え、悪性度が増します。時間とともにこれらのリスクが上がります。そして上昇したリスクを、同時に年月を積み重ねているため、現在より年を取った状態で未来に対処しなくてはならなくなります。

ただ、拡大するまでの期間や、悪性化までの時間は症例によって異なりますので、未来はわかりません。

例として、「5歳の雌犬に乳腺腫瘍」が発見されるのと、「15歳の雌犬に乳腺腫瘍」が発見されるのでは、インフォームドコンセントが異なってきます。

あくまで例として、仮に、「乳腺腫瘍は、2年放置すると悪性化する(仮定の話です)」と決まっていたとします。5歳の仔は、平均寿命から考えて2年後も生きているはずですし、そこで乳腺がんになってしまったら、乳腺がんが原因で寿命が短くなってしまいます。

仮に、15歳の雌犬が、神様からもらっている寿命が16歳6か月だった場合、「胸に乳腺腫瘍はあるが、まだ悪性化していない」状態で天寿を全うすることになります。その場合、腫瘍のせいで寿命が短くなっているわけではありません。もしかしたら、高齢で手術を行わなくてもよかったねということになるかもしれません。

問題は、この話があくまで「仮定」の話ということです。実際には、発見された乳腺腫瘍が良性なのか悪性なのか、良性だったとして、どのくらいの期間で悪性化するのか、そして、腫瘍が関係なかったとして、この仔が何歳まで寿命があるのか。それが誰にも分らないから、治療方法に悩むわけです。

未来は誰にもわかりません。

隅をつつくような考え方の、未来から来た飼い主様がいたとして、

「手術をしなくたって、結局最後まで悪性化しなかったよ。しなくてもいい手術をしたね。」

「手術をしなかったから、今よりももっと高齢になってからリスクの高い手術を受けることになっちゃったよ。」

こういわれてしまう可能性がいつだって誰にだってあります。

繰り返しになりますが、これが誰にもわかりません。そのため、信頼できる主治医としっかりと話して、手術をすべきか、どんな手術を行うべきか、手術を行わないのか、定期検診はするのか、などを決めていくとよいと考えられます。

良性腫瘍に関しては、よくあるケースとしては、数年間はゆっくりと大きくなるくらいの緩やかな変化なのですがある時を境に(おそらくは悪性化したタイミング)急激に拡大し始めるという事になる可能性が高いです。

また、発見当初は1つしかなかったが、数年で数か所に増えてしまったという事もあります。

悪性腫瘍、もしくは悪性化してしまった腫瘍は局所で徐々に大きくなり、破裂、もしくは自分で腫瘍を食べてしまったり、破裂した部分は化膿しますので、良いとは言えないにおいが常に腫瘍部から出ています。

そこから液体が持続的に垂れ続けるので、一緒に生活している場合には部屋中にその液体が垂れたり、布団やじゅうたんについてしまったりします。

割と多くの飼い主様が、この段階になってから、「こんなになるとは思わなかった」といってその段階から手術を希望されますが、手術を受けるペットとしてはもう少しだけ早く連れてきてあげると楽だったのではと考えてしまうこともあります。

実際に私が記録している乳腺腫瘍の写真の中にも、かなり大きなものも混ざっていることがわかると思いますが、そういったこの主訴が「様子を見ていたら大きくなってきた」というものです。

そして、局所が大きくなる以外の点としては肺に転移を起こして発咳や呼吸不全を呈する場合もあります。

また、医療では悪性腫瘍1㎏が生き物としての致死量といわれていますが、そのくらい大きな腫瘍が体についていると、腫瘍随伴症候群により凝固不全や発熱、悪心、消化器症状など種々の症状を呈することがあります。

実際に手術をしないと残りの寿命がどれくらいなのかという研究は、悪性腫瘍が発見されてからそれを治療せずに観察飲みするという観点から人道的な研究ではありませんし、また、発見された時のステージや本人の体力によっても左右されますが、

一般的に悪性腫瘍を放置した場合には1~3か月程度の寿命なのではという事が専門医間でも言われていますので、治療しない状態で長い余命は期待できそうにありません。

【症例】

発見から9か月後に悪性化し、乳腺腫瘍が破裂してしまったトイプードル

まとめ、あとがき

私の病院で手術を行った多くの飼い主様は、術前にリスクを過大評価してしまい、「手術やったら進行が早くなって死期が早まる」「一度やったら何度も手術をする」「手術やったら介護になってしまう」「やってもすぐに再発する」など、ご友人からいろいろなことを聞いてこわくなってしまっているような状態の方が多いです。

また、幼いころに避妊手術をするかどうか悩んでいたのに、当時はそういう情報がご家族に届いていなくて、小さいころにやっておけばこんな事は予防できたのにと後悔される方もいらっしゃいます。

お気持ちはよくわかります。「知ってたらやってたのに」って、やるせない気持ちになってしまいます。

ですが、避妊手術をしていなかったとしても、絶対に乳腺腫瘍になってしまうという事ではありませんでした。運悪くなってしまったという事ではありますが、なってしまったが最後、修正の利かないような悪性のものという事ではないのです。

むしろその思いがある分、見つけてからの対処をきちんとしてあげることが何より大切なんじゃないのかなと思っています。

乳腺部にしこりがあったら、検査を行って、手術計画を立てて、卵巣と子宮を合わせて摘出して、経過を観察するという事が治療の流れになります。

治しましょう!

当院の乳腺腫瘍の手術実績の例

ミニチュアダックスフントの乳腺腫瘍(12才)

オーストラリアンシェパードの乳腺腫瘍(5才)

コーギーの乳腺腫瘍・乳腺癌(11才)

パピヨンの乳腺腫瘍(12才)

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当院の執刀医は様々な形状の犬と猫の乳腺腫瘍に対する手術実績を有しています。

手術だけでなく、現在選ぶことのできる治療の選択肢を知りたい方も、お気軽にご相談ください。

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著者プロフィール

白井顕治(しらい けんじ)副院長

獣医師、医学博士、日本動物病院協会(JAHA)内科認定医・総合臨床認定医

千葉県で代々続く獣医師の家系に生まれ、動物に囲まれて育って、獣医師になりました。「不安をなくす診療」を心がけて診療にあたるとともに、学会参加や後継の育成を行っています。

注釈

【※1】一番最初の発情なので、ワンちゃんの体の大きさによって、小型犬種は早いと8か月前後、大型犬種では1歳以上になってから来ることもあります。

【※2】日本動物病院協会の主催する国際セミナーでの米国外科専門医による講義を参照

【※3】米粒より大きい場合には、事前に毛刈りを行わなくても診察中に発見できることが多いので、直前に見つかるものは決まって非常に小さい腫瘤です。

【※4】しこりに針を刺して、しこりの中の細胞を取って、スライドガラスにその細胞を塗布して細胞を顕微鏡で観察する検査です。通常この検査を行う際には鎮静や麻酔は必要としません。検査時間は5~10分程度で行うことができます。当院では細胞を専門の検査センターに送って専門医による正確な細胞診を行っていただいております。細胞を観察して正確に診断するには特殊な訓練を受けた獣医師でないとおこなうことはできません。これは私の病院としての意見ですが、とった細胞をそこにいる一般臨床経験のみしか有さない獣医師が確認しただけという場合にはその結果の信憑性は低いと判断して良いと考えられます。

【※5】特に胸部で両側を切除し、そして術創を閉鎖した場合には、皮膚に過度な緊張がかかってしまい、胸腔を常に圧迫してしまうことにより呼吸不全が起きてしまうとされています。皮膚が足りなくなっちゃうっていう感じです。

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