
目次
**猫のヘルペスウイルス性角膜炎について
— 感染の仕組みから症状・治療・予防まで —**
猫の「ヘルペスウイルス(FHV-1)」は、
猫で最も一般的なウイルス性の結膜炎・角膜炎の原因です。
特に多いのが ヘルペスウイルス性角膜結膜炎(FHV conjunctivitis / keratitis) で、
猫の目のトラブルの中でも圧倒的に診療数の多い疾患です。
本記事では、
感染のメカニズム・症状・検査・治療・うつるかどうかまで、
臨床現場で重要なポイントに絞って分かりやすく解説します。
1. 猫とヘルペスウイルスについて
猫ヘルペスウイルス(FHV-1)は、
猫風邪(上部気道感染症)の主要原因で、
目と鼻まわりの症状を引き起こすウイルスです。
✔ 特徴
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一度感染すると 体内に潜伏 する
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ストレス・体調不良などで 再活性化して症状が出る
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多くの猫が子猫の頃にすでに感染している
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重症化すると角膜の傷・潰瘍・濁りを残すこともある
2. 感染初期と“感染の定着”
ヘルペスウイルスは初期感染後、猫の体内に一生潜伏します。
🔶 感染初期(Primary infection)
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子猫の時に兄弟や母猫から感染
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発熱、結膜炎、くしゃみ、涙が多いなど
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数週間で改善することが多い
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しかしウイルスは体内へ潜伏
🔶 感染の定着(Latent infection:潜伏感染)
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一度治ったように見えても体内から消えない
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免疫力が落ちた時にウイルスが再び出てくる
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その際、目の症状だけ出るケースが多い
ヘルペスウイルス性の角結膜炎は猫において比較的よく認められる感染性疾患である。時にウイルス疾患と関連して好酸球性角膜炎が発症することがある。...
3. 急性感染と慢性感染
ヘルペスウイルスは、急性期と慢性期で症状の出方が違います。
🟥 急性感染(ひどい“猫風邪”の状態)
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結膜が真っ赤
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眼脂(茶色〜黄色)
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涙が大量に出る
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くしゃみ・鼻水
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角膜に潰瘍やびらん(傷)
🟦 慢性感染(長期的な持続)
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涙が多い
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目ヤニが慢性化
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角膜が白く濁る
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血管が角膜に侵入(血管新生)
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再発を繰り返す
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片目だけ症状が出続けることも
4. 体調が悪い時だけ出るタイプ / 常に出るタイプ
ヘルペスウイルスには2つのパターンがあります。
🟩 ① 体調が悪い時だけ出るタイプ(再活性化型)
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普段は無症状
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風邪・胃腸炎・ワクチン後・環境変化・強いストレスなどで再発
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数日〜数週間で自然に改善することも
🟥 ② ずっと症状が出ているタイプ(持続活性型)
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角膜炎を慢性に繰り返す
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角膜の血管新生や肥厚が続く
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完全に“ゼロ”の状態にならない
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涙・目ヤニ・濁りがずっと続く
※この持続型は治療に時間がかかり、
長期的なコントロールが必要です。
5. ヘルペスウイルス性角膜結膜炎の症状
ヘルペスが眼に出ている場合、次のような症状がみられます。
✔ 主な症状
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片目または両目の 結膜炎(赤み)
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大量の涙
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目ヤニ(粘液性のものが多い)
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角膜が白く濁る
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目を細める(痛みのサイン)
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まばたきが増える
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角膜潰瘍(黒目の表面の傷)
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まれにまぶたの痙攣(眼瞼けいれん)
進行すると
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角膜の肥厚
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血管が伸びる
-
再発を繰り返す
などの慢性角膜炎に移行します。
6. 検査について(PCR検査があまり推奨されない理由)
ヘルペスの診断において PCR検査は「万能」ではありません。
✔ PCR検査の弱点
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潜伏感染の猫も PCR陽性 になり得る
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症状が出ていなくてもウイルスは検出される
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治療で改善しても PCR陽性が続くことがある
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陰性でもヘルペスを否定できない
→ ウイルスの“出たり引っ込んだり”があるため
✔ 臨床で最も重要なのは
「治療に対する反応」
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抗ヘルペス薬
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抗炎症点眼薬
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角膜保護剤
などを使い、
👉 症状が改善するかどうかで、ヘルペス性かを判断する
というアプローチが実際的で信頼性も高いです。
7. 治療手段について
ヘルペス性角膜結膜炎の治療は 原因ウイルスの抑制+炎症のコントロール の両面が必要です。
ヘルペスウイルス性の角膜炎・結膜炎の治療は、
症状の強さ・角膜の状態・再発の有無 によって大きく変わります。
そのため、すべての猫に同じ治療を行うわけではありません。
当院では、
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ウイルスの活動を抑える治療
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炎症や痛みを和らげる治療
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角膜を保護し、治りを促す治療
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再発しやすい子の長期管理の治療
などの中から、その子の状態に合わせて複数の選択肢を組み合わせています。
「強い薬=よく効く」という単純なものではなく、
角膜の傷の有無や、その子の体質・経過によって
使えるもの、使わない方がよいものがあります。
そのため診察時の評価がとても重要です。
治療によって症状が改善すれば、
その経過からヘルペス性の炎症であると推定できるケースも多く、
検査結果よりも 臨床症状と改善の流れ を重視して治療方針を決めています。
8. 他の猫にうつる?
結論:
急性期は他の猫にうつります。慢性期はほぼうつりません。
✔ うつりやすい時
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風邪症状が強いとき
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結膜炎・鼻水が大量に出ているとき
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子猫同士の接触
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多頭飼いで免疫力が低い猫がいる時
✔ うつりにくい時
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慢性期の軽度の角膜炎
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成猫同士で免疫が安定している場合
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片目だけ症状が出ている持続型
ウイルスは広く存在しますが、
健康な成猫では症状が出ないことも多いです。
9. まとめ
猫のヘルペスウイルスは、
急性期の風邪症状から、慢性的な角膜炎まで幅広い症状を引き起こすウイルスです。
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子猫の頃に感染し、一生体内に潜伏する
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体調が悪い時に再発しやすい
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角膜炎は再発・慢性化しやすい
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PCRの陽性/陰性だけでは診断できない
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治療に対する反応こそ最も重要
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重症例や慢性例には抗ウイルス薬・免疫調整薬が有効
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急性期はうつるが、慢性期はほとんど感染しない
症状が軽く見えても、
早めの治療が角膜の後遺症を防ぐ最も確実な手段です。
涙や目の赤みが続く場合は、早めにご相談ください。
著者プロフィール

白井顕治(しらい けんじ)院長
獣医師、医学博士
日本動物病院協会(JAHA)獣医内科認定医・獣医外科認定医・獣医総合臨床認定医
犬の心臓病のケアは飼い主さんの力がとても大きいです。
迷ったらいつでもご相談ください。
千葉県で代々続く獣医師の家系に生まれ、動物に囲まれて育って、獣医師になりました。「不安をなくす診療」を心がけて診療にあたるとともに、学会参加や後継の育成を行っています。
当院は国際ねこ医学会(isfm)よりキャットフレンドリーゴールド認定を受けている病院です。
