
目次
**猫の肥大型心筋症(HCM)について
― 隠れ心筋症・急性発症の危険性も含めて解説 ―**
猫に最も多い心臓病が 肥大型心筋症(HCM:Hypertrophic Cardiomyopathy) です。
特に猫は症状が出にくく、**「隠れ心筋症」**として進行し、突然の呼吸困難や血栓症で発症することも少なくありません。
本記事では、飼い主さんが知っておくべき
HCMの特徴・症状・リスク・診断・治療 を、臨床現場の視点で分かりやすくまとめます。
1. 猫の心筋症とは?
「心筋症」とは、心臓の筋肉そのものに異常が起きる病気の総称です。
猫では圧倒的に 肥大型心筋症(HCM) が多く、その他のタイプは稀です。
心臓の壁が分厚くなることで
-
血液を溜められない
-
全身に十分な血液を送れない
-
心房が拡張して血栓ができやすくなる
など、さまざまな問題が生じます。
2. 肥大型心筋症(HCM)とは?
HCMの特徴は、**左心室の心筋が異常に分厚くなる(肥大する)**ことです。
✔ 主な影響
-
心臓が十分に拡張できず血液が溜まりにくい
-
心臓の中に「血流の乱れ」が生じる
-
心房が拡張し、血栓(サドル血栓)のリスクが上昇
-
最終的に**うっ血性心不全(肺水腫・胸水)**を起こす
✔ かかりやすい猫種
-
メインクーン
-
ラグドール
-
スコティッシュフォールド
-
アメリカンショートヘア
-
ノルウェージャン
※雑種の猫でも普通に発生します。
3. 隠れ心筋症とは?(症状が出にくい理由)
猫のHCMは 非常に症状が目立ちにくい のが特徴で、
以下の理由により「隠れ心筋症」になりやすいです。
✔ 理由①:猫は呼吸困難を隠す
弱みを見せない動物のため、初期症状がほぼ出ません。
✔ 理由②:心雑音がないケースも多い
心筋が分厚くなっていても、心雑音なしが普通にあります。
雑音がなくても「正常」とは限りません。
✔ 理由③:急性悪化まで気づけない
元気そうに見えても、
急性の肺水腫・胸水・動脈血栓塞栓症(後ろ足が動かない)で初めて発見されることも。
4. 肥大型心筋症で見られる症状
症状は非常に分かりにくいものが多いですが、次のような変化には注意が必要です。
✔ 初期に見られることがあるサイン
-
少し疲れやすい
-
呼吸が浅く早め
-
食欲のムラ
-
寝てばかりいる
✔ 中等度〜重度
-
呼吸が速い(1分あたり40回以上)
-
口を開けて呼吸する
-
横になると息苦しそう
-
咳はほぼ出ない(猫は咳が出にくい)
✔ 急性発作(非常に危険)
-
急な呼吸困難(肺水腫・胸水)
-
突然後肢が動かなくなる(サドル血栓)
-
歩こうとして痛がる、叫ぶ
これは緊急疾患で、即時治療が必要です。
5. ステロイド投与後・皮下補液後に急変する理由
白井先生が日頃の臨床で経験されているように、
「潜在的な心筋症」+特定の刺激 で急激に肺水腫を起こすことがあります。
🔶 ステロイド後に急激に悪化する理由
-
体内の水分バランス変化
-
血圧上昇
-
心拍数増加
→ これらが心臓に負担をかけ、隠れHCMが一気に破綻することがあります。
🔶 皮下補液後に急性肺水腫になる理由
-
補液によって急に血液量が増える
-
心臓が拡張できないHCMでは処理できない
→ 血液が肺に逆流し、肺水腫を起こす
特に高齢猫、腎不全猫、心雑音の有無などに関係なく起こり得ます。
6. 肥大型心筋症の診断方法
診断には以下がポイントとなります。
✔ 心エコー検査(最も重要)
左室壁の厚さ、心房の拡張、血流の乱れなどを詳しく評価します。
HCMの確定診断は エコー以外では不可能 です。
✔ 心電図
不整脈の有無を確認。
✔ レントゲン
肺水腫・胸水の状態を確認。
(心臓のサイズだけではHCMの診断は困難)
✔ NT-proBNP
心臓ストレスの指標として有用。
✔ 遺伝子検査
メインクーンやラグドールでは特に意味があります。
7. 治療方法
HCMの治療は、病態やステージにより大きく変わります。
🔹 軽度(無症状)
-
経過観察
-
心拍数コントロール薬
-
血栓予防のための抗血小板薬(必要に応じて)
🔹 中等度〜重度
-
β遮断薬(心拍数を整える)
-
ACE阻害薬
-
抗血小板薬(クロピドグレルなど)
-
低ナトリウム食
-
必要に応じて利尿薬
🔥 急性肺水腫・胸水
-
酸素室
-
強制利尿(フロセミド)
-
血栓予防
-
胸水が多い場合は胸腔穿刺
8. まとめ
猫の肥大型心筋症は、
「気づきにくい」「突然悪化する」
という難しさがあります。
しかし、
-
定期的な健診
-
心雑音のチェック
-
高齢猫や腎臓病の猫の慎重な補液
-
気になる呼吸の変化の早期対応
によって多くのリスクを減らすことができます。
特に ステロイド投与後や皮下補液後の急変 は、
隠れたHCMが背景にあるケースがあり、飼い主さんが知っておくべき大切なポイントです。
猫の心臓病は「見つけたら終わり」ではなく、
早期診断・適切な管理で長期間の安定が十分に可能な病気です。
気になる呼吸の変化や元気の波があれば、いつでもご相談ください。
著者プロフィール

白井顕治(しらい けんじ)院長
獣医師、医学博士
日本動物病院協会(JAHA)獣医内科認定医・獣医外科認定医・獣医総合臨床認定医
千葉県で代々続く獣医師の家系に生まれ、動物に囲まれて育って、獣医師になりました。「不安をなくす診療」を心がけて診療にあたるとともに、学会参加や後継の育成を行っています。
当院は国際ねこ医学会(isfm)よりキャットフレンドリーゴールド認定を受けている病院です。
