こんにちは、獣医師の白井顕治です。
この記事では、ネコの甲状腺機能亢進症についての情報を記載していきます。
ー治療症例ーーーーー
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甲状腺というのは
首の、人間でいう喉仏の付近に左右1対存在する腺組織で、主に甲状腺ホルモンの産生・貯蔵・放出を行っています。
犬では、この甲状腺の働きが弱くなってしまう甲状腺機能低下症が良く認められる一方で、ネコにおいては働きすぎてしまう甲状腺機能亢進症が一般的に認められます。
猫における甲状腺機能低下症は、起きるとすれば甲状腺の摘出後に一過性に起こる可能性がある程度です。
甲状腺機能亢進症
甲状腺機能亢進症は、甲状腺が良性もしくは悪性に腫瘍化してしまう場合や、過形成を起こした場合、場合によってはあまり大きさの変化がないのにもかかわらず機能亢進を起こしてしまう場合など、さまざまな原因があります。
また、甲状腺は首だけでなく、胸腔内に異所性甲状腺を持っていることもあるため、必ずしも「首の」甲状腺の病気というわけではありません。
原因にもよりますが、甲状腺機能亢進症は数カ月から数年かけて進行していき症状を表していきます。
主な症状は下痢やおう吐などの消化器症状、食欲の亢進、活動性の増加、異常興奮、削痩、被毛粗剛等があげられます。
典型的には、「年の割に活動性があって、ご飯は良く食べるんだけど体がやせ気味で、毛艶があまり良くない中高齢のネコ」といったところです。
こういった臨床症状があらわれている場合には診断は比較的容易で、血中甲状腺ホルモン値を計測し、その高値によって診断を下すことができます。
ただし、病期として初期の場合には、甲状腺が正常~やや高値と曖昧な数値を示したり、ホルモンの値にも日内変動が存在するために、何度か検査を行って経過を見てみたり、甲状腺ホルモン以外に甲状腺ホルモン放出ホルモンを計測する場合などがありますが、診断がやや困難となります。
すでに臨床症状が出ている甲状腺機能亢進症を半年~年単位で放置していくと、うっ血性心不全のような症状を呈して予後不良となるため、元気で食欲があったとしても治療対象となります。
甲状腺機能亢進症の治療
甲状腺機能亢進症の治療には大きく分けて食事療法、内科療法、外科療法があります。
海外においては放射性ヨウ素を用いた治療もおこなわれていますが、日本国内では現在のところ行われていません。
食事療法について
甲状腺機能亢進症用の食事がヒルズ社より販売されています。かなり厳密に、この食事のみにしなければならないということがあるのと、健康な猫が長期的に接触するには不向きな食事であるため、多頭飼育をしていて食事が分けられないような場合には食事療法は難しいと言えます。
また、甲状腺機能亢進症の内科療法では、治療目標とする血中甲状腺ホルモンの数値が正常範囲内の下限であるのに対し、この食事では正常範囲内上限程度までにしか下がらないとの報告もあるため、どこまで有効性があるかは研究を重ねている途中のようです。
内科療法について
一般的に日本国内の一次診療施設において選択される治療方法です。
抗甲状腺ホルモン薬を用いてコントロールしていきます。投薬後約2週間ほどで甲状腺ホルモン値が下がり始めますので、定期的にモニタリングしていき、最適な薬容量を決定していきます。
初期に薬容量を設定したとしても、時間経過とともに甲状腺組織が大きくなったり、薬剤への反応耐性により甲状腺ホルモンの数値が上昇してしまうようであれば、その都度薬用量を調節してきます。
この薬の副作用は消化器症状が一般的ですが、しばらく内服を続けていくと落ち着いていくことが多いため、数週間は様子を見るとよいでしょう。
希にアレルギー反応や重度の消化器症状を示してしまうことがありますが、この場合には投薬による内科療法には不向きの体質となります。
ジェネリックや違う剤形の薬物も存在しますが、どの剤形であっても体内で代謝されて、同じ物質へと誘導されるため、一つの薬で重度な副作用が出てしまう場合には、通常ほかの薬でも同じように副作用が出ると言われているためです。
外科療法について
当院においては外科療法を希望される場合には大学病院への転院をお勧めしています。
その理由として、首にある甲状腺を取り除くという手術名だけでなく、場合によっては胸腔内に存在する異所性甲状腺が原因となっている場合があります。
そのような場合には術後も高い甲状腺ホルモン値が継続することになります。
また、甲状腺の中には上皮小体(副甲状腺)という組織が存在します。外科摘出によってこの上皮小体を全て摘出してしまうと、術後に神経症状を引き起こすほどの低カルシウム血症を起こしてしまう場合があります。
以上のような理由から、外科手技だけではなく、その後のケアを含めて管理ができる専門施設での手術を勧めています。
また、甲状腺機能亢進症の合併症や併発しやすい疾患として、高血圧症や腎不全があげられます。
腎不全については、甲状腺ホルモンが高いときには、血液検査では腎臓機能が亢進し、正常に機能しているように見えるが、甲状腺機能亢進症の治療を行い甲状腺ホルモン値が正常になると、今まで隠れていた腎疾患が現れることがあるためです。
高血圧症に関しても、甲状腺機能亢進症が原因で高血圧症になったとしても、これは甲状腺機能亢進症の治療を行って、正常な甲状腺ホルモン値になっても続発的に発生した高血圧症はは治まらないことがわかっています。
高血圧症を合併している場合には、別途、降圧剤を使用して血圧を正常化させる治療が必要となります。
内科療法を行う際には、血液検査においては甲状腺ホルモン値や腎臓機能関連の数値、そして血圧を定期的に測定してモニタリングすることが肝要です。
やや簡単にではありますが、猫の甲状腺機能亢進症についての病態や診断、治療について記事にさせて頂きました。
沢山書いてはありますが、結局のところはやっぱり実際にネコちゃんを見て、診断していくことが最も大切です。症状が当てはまっていたり、セカンドオピニオンで受診を希望される方は、お気軽にご連絡いただければと思います。
ー治療症例ー
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著者プロフィール
白井顕治(しらい けんじ)副院長
獣医師、医学博士、日本動物病院協会(JAHA)内科認定医・総合臨床認定医
千葉県で代々続く獣医師の家系に生まれ、動物に囲まれて育って、獣医師になりました。「不安をなくす診療」を心がけて診療にあたるとともに、学会参加や後継の育成を行っています。