目次
はじめに
この記事では、犬に乳腺腫瘍が発生した際に、実際にどのように治療を考えていくかを記載していきます。
(※この記事の中では悪性の腫瘍は「乳腺癌」、良性の乳腺腫瘍は「乳腺腫」、良性と悪性を含めた乳腺のしこりは「乳腺腫瘍」と記載します)
犬において、乳腺腫瘍の発生は多く、この腫瘍に対してどうしようかということで悩まれるご家族は非常に多いです。
私がしてほしくないのは、ご家族が後悔することです。なので、選択した先に、どういうものが待っているかを知っていれば、後になって悔いることは減ると思います。
また、もしこれを読んでいる方が、「いや、ここまで大きくなったり、破裂してたら、もう無理でしょ。診てもらった獣医さんにも無理って言われたし。」と思っていても、もしかしたらほかの獣医師であれば手術ができるかもしれません。
また、手術の適応外となるまで転移してしまったとしても、もしかしたらそのペットの生活が少しでも楽になれる道があるかもしれません。
もしかしたらそういう道があるかもしれないと思うから、このようなページにたどり着いてるのではないかと私は想って、このページを書いています。
このページを見て、先のことを少しでも知れたり、理解したうえで現在の選択を考えたり、過去の選択を今修正しようとしたりすることに役に立てば、私はとてもうれしいです。
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犬の乳腺腫瘍の治療の選択肢
まずは獣医学的に犬の乳腺腫瘍は、良性であっても悪性であっても基本的には手術対象です。
良性であったとしても、時間経過とともに悪性化することが知られているため、手術適応となります。
また、悪性の乳腺腺癌や骨肉腫(乳腺にできることがあります)であった場合にも、やはり第一選択は手術による摘出となります。
犬の乳腺腫瘍で手術しないほうがいいケースは?
手術の適応とならないケースは主に3つです。
- すでに乳癌がリンパ節や肺に転移している
- 炎症性乳癌の可能性が強く疑われる
- 症例自身が非常に高齢であったり、ほかの疾患によって手術ができるコンディションではない
そのほかに、ご家族が希望しないケースもありますが、あくまで獣医学的に進めないケースとして挙げました。
簡単に1つずつ解説します。
1、すでに乳癌がリンパ節や肺に転移している
固形癌に一般的に言われることですが、手術というのは、あくまでそこを取り切れれば、検出できる腫瘍がほぼ摘出できる、局所に対する治療方法です。
それに対して、転移がすでに発生している場合には、局所に対して治療を行っても、全身のほかの部分の腫瘍が取り切れていませんので、手術を行っても確実に取り残しがある状態になってしまいます。そのような場合においては、手術は第一選択とは通常なりません。
2、炎症性乳癌の可能性が強く疑われる
炎症性乳癌というのは、乳癌の中でも特に悪性度が強くなってしまっている状態であり、手術を行ってもほぼ確実になくなるということが報告されています。外見及び細胞診でこの状態であることが疑われた場合には、通常は獣医師から手術を勧めることは少ないはずです。
3、症例自身が非常に高齢であったり、ほかの疾患によって手術ができるコンディションではない
これは、何らの持病(例えば腎不全や心不全など)を保有しており、乳腺腺腫・乳癌というより、そちらの疾患によって寿命を迎える可能性が高いような状態の場合です。
また、術後に持病のコントロールが不良となってしまう可能性が高いと判断されることもあると思います。
3つ、手術を勧めないケースを紹介しましたが、3番目が最も獣医師によって判断が異なるものだと考えられます。
実際に、乳腺腫瘍の手術をするのかしないのか
まず、選択肢がいくつか分かれる場合には、必ずそれぞれにメリットとデメリットがあります。
上の図にある
- 良性の乳腺腫瘍の手術をするメリット
- 良性の乳腺腫瘍の手術をするデメリット
- 悪性の乳腺癌の手術をするメリット
- 悪性の乳腺癌の手術をするデメリット
について、一つずつ紹介していきます。
良性の乳腺腫瘍の手術をするメリット
良性の乳腺腫瘍の摘出手術を行うことは、将来的に悪性化する前に摘出できることになります。また、悪性化してから摘出するよりも小さな切除領域で済むということもメリットと言えます。
また、付属的なメリットとして、麻酔前検査を必ず実施します。その際に何らかの基礎疾患があった場合には早期発見につながりますので、乳腺腫瘍の治療以外にも健康に役立つ情報が得られるという点で、メリットといってよいと考えられます。
良性の乳腺腫瘍の手術をするデメリット
まず、検査・手術を行いますので費用が掛かります。そして全身麻酔をかけます。これがご家族が常に考える2大デメリットといってよいと思います。
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また、全身麻酔のデメリットもありますが、それは麻酔前検査で評価するとともに、最も考えなくてはいけないのが「手術をせずに放置しておくことのデメリット」です。
「全身麻酔をするデメリット」と「手術をせずに放置しておくデメリット」のどちらが大きいかを考え、通常(多くのケースでは)獣医学的に手術による摘出を推奨しています。
「手術をせずに良性の乳腺腫瘍を放置しておくデメリット」に関しては、「将来的には」悪性化する可能性が示唆されているものの、その仔が生きている間に必ず悪性化するかはわかりません。
なので、放っておいても生涯悪性化しない可能性も、ゼロではありません。その場合には、「寿命が短くなることが怖かったから手術をしたのに、そんなことはなかったじゃないか」ということが、後付けで起こるかもしれないです。ただ、これは、人生は2つ同時には選べませんので、たらればの話になってしまいます。
ただ、若いころに避妊手術をしていて、15歳~16歳で単一の直径1センチ以内の、細胞診であっても良性の乳腺腫瘍が疑われる場合で、さらにその症例が持病として腎不全や心不全を患っているような場合には、自分であっても手術は進めませんので、ケースによります。
悪性の乳腺癌の手術をするメリット
これは、手術を考慮する際には検査では転移が認められていないが、細胞診では悪性が疑われている状況を指しています。悪性であれば、手術を受けることにより、転移などによって生命を悪性腫瘍によって危険にさらす前に摘出することができます。
さらに、きれいに取り切れれば、ひとまず乳腺癌が寿命を決定する因子ではなくなるというのは、代えがたいメリットと言えます。
悪性の乳腺癌を手術しないデメリット
これは、直接的に癌の進行を放置することとなるため、寿命の短縮に直結します。
ただしこちらも、非常に高齢であったり、体力が衰えていたり、すでにほかの疾患において、かなり進行していて、その持病だけであっても寿命が危ぶまれている状況にある場合、つまり、乳腺癌が進行して命を奪うよりも、ほかの疾患が先に寿命に関与してしまいそうな状況においては、乳腺癌に対して特異的な治療を実施しないこともあります。
乳腺腫瘍を放置した結果に待っているもの
怖がらせるために記載するわけではありませんが、実際に多く手術を行うことがあるので、記載します。
犬の乳腺腫瘍を手術しないで放置すると決めた場合、大した進行もなく寿命を迎えたり、ほかの疾患によって寿命を全うした場合には、乳腺腫瘍を放置すると決めた選択肢はそんなに悪くはないものだったと感じられると思います。
しかし、放置した結果、増大し、破裂したり、ペットが自分で乳腺腫瘍をなめたり、かじったりして、中から乳汁と膿の混ざった液体が常に排出したりする状況になる可能性があることを、留意しておくべきです。
放置すると決めてから、ご家族の予想以上に、ありがたいことに長生きして、あまりにも大きくなってから、何とかならないかと言われて、何とかするケースが存在します。もっと腫瘍が小さいうちに、悪性化する前に、もっと若い時に、もっと持病が悪化する前に、手術を行っていればこんな高齢になってから、命を懸けて、大手術を受けることもなかったものをと、考えてしまう症例は少なくありません。
繰り返しますが、怖がらせたいわけではなく、手術をしないで放置するという選択を選んだ結末の一つとして、このようになる可能性が含まれていることを留意しておくことは重要だと思います。
ただし、こうはならずに、「あの時手術を受けないでよかった」と感じられることもあるかもしれません。いろいろなポリシーをもって飼育されているご家族様がいらっしゃいますので、それはそれでよいと考えています。
乳腺腫瘍に対して手術以外の治療方法は?
西洋獣医学をベースに回答すると、基本的にありません。というのも、第一選択が外科手術という話をしました。第一選択の選択肢を選んでない時点で、少しでも現状を改善する「治療」は無いと考えてよいです。
中には、免疫療法や特殊なサプリメントなどを使用することによって治癒をした、縮小したというまれな症例もあると思います。そういった症例の中には、そもそも誤診されており、乳腺癌ではなかったものも含まれているとは思いますが、実際に正式な手順を踏んで乳腺癌であると診断されたのにもかかわらず、奇跡的に第一選択の治療方法ではないのに完治してしまうようなことも、ゼロではないと思います。
ただし、こういったものはやはり再現性が取れず、どの症例に対しても安定した結果が得られないため、第一選択とはなりません。
良性の乳腺腫瘍であったり、転移が確認される前の状態の乳腺癌である場合で、積極的に完治させてあげたいと考えている場合には、手術以外の治療法を試して時間を浪費することは、私は推奨しません。
乳腺癌の緩和ケアは?
次に改善する目的ではなく、進行を遅らせる、痛みを緩和させるといった目的では、痛み止めや分子標的薬、場合によっては放射線療法や、低用量の化学療法を選択したり、中にはレーザーや温熱療法などを好んで選択する獣医師もいるかもしれません。
あくまで緩和目的なので、どこまで効果があるかというのははっきりと言えませんが、行うことによってペットのQOL(生活の質)が向上する場合には、行ってあげる価値があると思います。
これは、すでに手術の適応外となってしまった進行した乳癌の症例にも適応されますので、大切な部分です。
「手術をしないなら、もう知りません」と突っぱねるようなことはよくありません。手術をしない選択肢も、ないわけではありません。
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犬の乳腺腫瘍の診断、治療について治療経験の豊富な獣医師が担当いたします。
お気軽にお尋ねください。志津・佐倉しらい動物病院
著者プロフィール
白井顕治(しらい けんじ)副院長
獣医師、医学博士、日本動物病院協会(JAHA)内科認定医・総合臨床認定医
千葉県で代々続く獣医師の家系に生まれ、動物に囲まれて育って、獣医師になりました。「不安をなくす診療」を心がけて診療にあたるとともに、学会参加や後継の育成を行っています。
当院において乳腺外科については私が担当しており、このページ内で紹介している手術はすべて私が担当しています。